洋書、時々プログラミング

博士課程修了→メーカーという経路を辿っている人の日常

結論を早く出すほうが楽という話

最近芸能のニュースとか海外情勢のニュースを見る中で、簡単にどっちが悪いかを結論付けている人を見る気がしてちょっと違和感を覚えている。

世の中って簡単に善と悪の二元論で分かれるものでも無いと思っているし、証拠として提示されたものが偽物だったりとかそういう話だってある。実際DeepFakeのような動画を簡単に捏造できるツールを見ると、一つの話を聞いただけで真実を見つけたようになるなんてできない。

だからといってどちらの言い分が正しいのかを考え続けるのは疲れる。証拠とされているものを一つずつ確認したり、矛盾が無いのかを見たりと、結構思考を使う。なので面倒くさくなってどちらかの結論を出してしまいがちではないかと思う。

思考を一回保留にするという選択肢があってもいいと思う。分からないことが多い中ではそのまま証拠を待てばいいし、そんな簡単に結論を出さなくても時間が経てば証拠が出てくることもある。そういうのを待って自分なりの結論を出せばいいと思う。それが自分で考えることになる。

情報カードを使い始めて1週間程度経ち、一つわかったことがある。情報は日付で並べるべきではないということだ。

小学生のころからノートを取って授業を聞いていると、自然と学んだことが時間軸に沿って記録されていく。だけど大人にとっては学びは虫食いで始まることが多く、体型だって学ぶことはすくない。とすると、時間軸でノートをとってもそれを後で並び替える作業が必要となる。

とするとカードのほうが都合が良いのではと考えられる。

やり方を変え続けるには不快感が大事

最近ものづくりの仕事に合わせて規格に合わせるための表作りをしている。表作りということでExcelを利用しているが、これがどうにも使いづらい。モニターでは全部映らないしカーソル移動させたら変なところに動いてしまう。そんなExcelブックなので捨ててしまいたいところではあるのだけれど、手順書で決まっているからこの形式で出す必要がある。今からやり方を変える時間なんて無い。

こんな状況に置かれた際に諦めて表を埋めていくだけに終わってしまうと、何も変えられないと思う。ここで得た不快感を記憶しておいて、どうしたらいいのか考えるようにしたいと思う。すぐに変えられなくてもいいので、帰るチャンスが来た時に一気に変えられるように準備をしておくのが大事。